Sapporo sustainable life

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サラリーマンライフ
気づいておられる方はいないかもしれませんが、僕がこのブログ
にサラリーマンという単語を使ったことはこれまで一度もありません。

常に会社員という名称を使っていました。
日本においてサラリーマンという集団はもはやどこにも存在しない
のではないかと思うからです。

昔を懐かしむわけではありませんが、80年代の頃には確かに
サラリーマンライフがありました。僕のいうサラリーマンライフとは
一言で言えば「制度的な厚み」です。組織の遊び部分といっても
いいかもしれません。

昔は部に一人は宴会部長がいて普段の仕事はさほどでもないのですが
宴会の幹事や盛り上げは一級品という方がいました。会社の旅行会
などもあって和やかな雰囲気でした。
また、今と違って成果主義もはびこっておらず、上司は部下を育てる
余裕というものがあったように思います。新人を育てるのは課全体の
仕事で時間のあるものが教え時に放置し時に叱咤し酒場に連れ出し・・
というような一見不効率なことが平然とおこなわれていたのです。

ところで、成果主義のはやりがひと段落して見えてきたものは、果たして
不効率の極みと思われていたそれらの一連のプロセス群が実は最大の
効率を生みだしていたという事実ではないでしょうか。

結果はプロセスの積み重ねによってしか得られない。そしてそのプロセス
は何人もの組織の人の手に支えられている。縁の下的な働きやあるいは
直接業務にかかわりのない宴会部長の働きも当然プロセスの一要素になって
います。そういうことを冷静に考えてみるならば、当然の帰結と言えます。

右肩上がりの経済は終わった。ゆえに効率化だ!という単純な図式で
完全否定された感のある日本の古き良きサラリーマン組織ですが、僕は
上記のような理由で温存すべきものだったと思うのです。

そのころ上司によく言われた言葉があります。
「きちんと仕事をしていれば見てる人は見ているよ」と。
実は見てくれている「人」が実際にいるわけではないのですね。
そうではなく、きちんとやるべきことをやっていれば、必ず成果
が出るし評価もされますよ、ということだったのです。今思えば。

見てくれる「仕組み」や「人」が現実にいないところでは誰も評価
されない組織に比べ、とても成熟した組織だったなとしみじみ思います。
景気の悪い昨今ですが、せめて組織内部は成熟していきたいものですね。
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