Sapporo sustainable life

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コロナ禍に思う

コロナ禍である。

 

コロナウイルスに感染したくはないが、さりとて、人に全く会わない

ということは不可能であるから、用心しつつ生活するしかない。

 

経済と感染防止のバランスという言葉が聞かれるが、それを本気でやるため

には、とにかく検査をしまくって、陽性の人を隔離して、陰性の人達だけで

経済を回すしかない。こんなことはちょっと考えれば誰でもわかることである。

 

その際、陽性の人や、飲食や観光業に携わる方々には休業していただいてその代わりに

休業補償をすれば良い。要するに、国がお金を渡せばいいのである。お金は赤字国債。

それを日銀が買うことで賄う。財政赤字の問題は、短期的な視点で語るべきではない。

長期的な視点で見れば、早くコロナが収束することで結果的に財政負担は減るはずだ。

 

中途半端なことをやっていると、結局、感染者が増えて経済が減速し財政負担が増える。

 

主要国の中央銀行の赤字国債保有率は日本が5割、ECBが3割、FRBが2割と言う。

つまり、日本が飛びぬけて突出しているわけではない。しかも、このウイルスの影響は

世界でほぼ同時に進行している。つまり、主要国のすべての財政負担が増えているという

かつてない状況なのだ。例えば日本だけがウイルスに感染して財政が悪化すれば、日本の

通貨の信用が下落してインフレになる。しかし、今はすべての国の財政が痛んでおり相対的

には同じなのである。だから、インフレにはならない。

 

だから、お金をじゃんじゃん刷って、国債買って、直接給付をすればいいということになる。

 

「そうはいっても財政赤字はいつかは返さないといけないではないか」

「その返済は国民の税負担となって跳ね返るではないか」

という反論があろう。

 

そこでだ。一つの仮説を考えてみよう。

各国の中央銀行が持っている国債をいっせいのせいで放棄する、という案である。

 

国債は国の借金なのだから国は利息を払わなければならない。国は債務者である。

他方、日銀は国に金を貸している債権者。早い話が、金融機関と企業の関係である。

金融機関はときに借金を棒引きにすることがある。(少し前には自分たちも国からの

借金を棒引きされてたっけ。)

借金をチャラにする、というのは旧約聖書の時代からあると何かの本で読んだことがある。

つまり、借金というのはそれほど深く考えることはないのである。だって、しょせん、

金だから。紙幣、つまり、信用という名のついた紙きれなのだ。要はフィクション。

大事なことは、フィクションをうまく使って、現実の世界を崩壊させないこと。

本当に大事なものは、生身の人間の活動なのだ。学び、働いて、ご飯を食べて、飲んで、

暮らすことだ。そのために金が道具として存在しているのだ。

 

で、話をもとに戻そう。

中央銀行が借金をチャラにしたらどうなるか?日銀のバランスシートが毀損される。

で、何か?たぶん、問題はそこだけではないか。違うかな?

日銀の国債がチャラになれば、赤字国債の半分が消える。いいことだらけでは??

 

お金はフィクションと言ったが、国家もしかりである。

国家というものはただのフィクションである。あるのは人間だけ。人間が社会をなるべく

自分たちに具合の良いものにするために作り出した装置のようなもの。なので、こういう

有事のときこそ、国家が生身の人間を救うべく作動すべきである。

 

極論かもしれないが、日本がハイパーインフレになったとしても、実体経済がしっかりして

いればなんとかなる。日本が良いサービスを行い、良い製品をつくっていればいずれ世界が

買いにくる。当たり前だ。

 

もう一度言う。金はしょせん金。それ自体に価値はない。

 

日本の実体経済の強さは中小企業にある。99.7%を占める中小企業は、68.8%の

雇用を生み出し、150兆円の付加価値を生み出している。大企業の付加価値は125兆円

なので中小企業の方が大きい。日本の生産性が低いのは中小企業が多すぎるからだ、という

論者もいる。生産性の低い中小企業が元凶というわけだ。この論者は中小企業の特性をまったく

理解していない。小さいことによるメリットを認識していない。

 

中小企業は例えて言えば「イワシの群れ」である。他方、大企業はクジラ。

クジラは急所への一撃で死ぬが、イワシの大群は一撃などスルーして平気である。

また、多様性のある中小企業の存在は、人材の流動性も高く、雇用の受け皿としての機能を持って

いる。大企業のサラリーマンほ組織にしがみつく。

 

もうひとつ、中小企業は多様な働き手の居場所を提供している。

一人ひとりが粒だっている。一言でいえば「人間らしい」職場である。

それは現場を見ているのでよくわかる。

生産性で測れるものなどたかが知れている、ということだ。

 

もちろん、中小企業側にも改善するポイントがある。

それは、価格だ。価格が低すぎる。本来ならもっと高くしても売れるものを安く売っている。

なぜか?それは、コスト積上げ方式で価格を決めるから。

顧客がいくらで買うか?という視点が希薄なのである。少なくとも、B to Cの製造業であれば

価格を上げるべきである。

 

結論

生産性が低い、というたった一つの指標で中小企業不要論を言うのはあまりに稚拙である。

 

さて、コロナ禍で家に早く帰ってくるとこのような駄文を書きたくなる。

いいのか悪いのか。。。

ところで拙著が重版となりました!奇跡的に一部の方々に支持されております。

ありがたいことです。

できれば続編も書きたいと思っている今日この頃です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- | 19:43 | comments(0) | -
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