Sapporo sustainable life

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気概ということ
プラトンは国家の中で次のようなことを言っている。
「気概とは、理性の味方である」と。
「自分が不正なことをされていると感じる場合は、その人は心を
沸き立たせ、憤激し、正しいと思うことに味方して戦い、飢えても
凍えても・・・じっと耐え忍んで勝利を収めるのではないだろうか。」
「逆に、自分が不正なことをしていると思う人の場合はどうだろうか?」
とも問うている。その場合は「その人が気高い人間であればあるほど
それだけいっそうその人は、怒ることができないだろう」と。

何を書いているのかは、もうお分かりいただいていると思います。
今回の安保法制に関する一連の政権の対応についてです。
気概にあふれる市民と、政権中枢に物言えず追随している与党
の政治家を指しています。

政権の罪はあきらか。このブログで一年以上前に書いたことです。
憲法改正が必要な事案に対して、解釈変更という姑息な手段を使った
こと。この一点だけでジ・エンドです。ところが、いまだに「支持率の
ために政治をやっているわけではない」とのたまう首相。
今まで支持率の高さにおいてのみ政権を維持してきたことを忘れて
しまったのだろうか?支持率が下がればこの政権はおしまいである。
主権在民ということばを今一度思いだしてみるべきだろう。

もうひとつ。政権与党の政治家に対して市民はもっと厳しい目を向ける
べきです。彼らが党議拘束を受けて賛成して起立したからこそこの法案は
衆議院は通ったのです。彼らは、その説明責任を負っています。
まさか、党議拘束があったから起立しました、とは言わないと思いますが(笑)
自分の選挙区の与党議員にその理由を聞いてみるべきでしょう。
この方たちはまさに紀元前300年にプラトンに指摘されたような輩です。
自分が不正をしていると認識しているからこそ怒れないのです。
理性を売ってしまった輩です。政治家として最も恥ずべき行為です。

プラトンの言うような「哲人政治」を目指せとは言いません。
しかし、このような詐欺師のような政治家が出てくるとは世も末です。
本当に情けない。日本という国をなんと思っているのだろうか。
良識ある日本の市民は「気概」を持ってこの法案を葬りさることでしょう。




 
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