Sapporo sustainable life

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昭和が終わった日
このニュースだけは聞きたくなかった。

最初にこのことを知ったのは一本のメールだった。
高速を運転中、旭川の手前だったと思う。
短い文面を読んで驚いた。言葉にならない言葉が出て
そのあと絶句した。

とても寂しい気持ちになった。
もう、あの人はいないんだと思うとたまらない気持になった。
トンネルに入ると感情が爆発して前が見えなくなった。

ああいう風に生きたい、ああいう人になりたい、と心から
思える人はそういない。憧れがあるから自分も頑張っていける。
そんな生きる支えというか、勇気をもらっていた。
実際に会ったことはないし、飲んだこともないけどわかるのである。

なんとなく、でも、確信できる。それはもう間違いのないこと。

自分の世代から見れば父親の世代である。昭和一桁。
ひ弱ではない。明治の気骨はないけれど、何もない戦後から高度成長
の真っただ中を渡ってきたギラギラした世代。一直線に伸びる時代
だから変な知恵はいらない。まっすぐにそのまんま。

そのまっすぐにそのまんまの中の超まっすぐにそのまんま。
悪を、面倒なものを、虚像を、生身の体一つでぶちかましていく力。
体の中から出てくるその力を子供心に感じ取っていた。
その”気”にしびれるのである。

それは昔の任侠時代から最新作までまったく変わらなかった。

人生のなかではいろんな失敗があって情けないことやらふがいないことの
連続だ。でも、そういうとき、ああこんなことしてちゃカッコ悪いなと
思う。何をやってるんだオレはって思うとき、心の中に健さんがいるのである。

心の中に健さんがいてくれて本当に良かったと思う。なぜならそれは生きる規範
だから。それがなければどこへ行っていいのかわからない。
そういう意味では僕らの世代は幸せだったのかもしれない。いや、間違いなく
そうだろう。もし、健さんがいなかったらと思うとぞっとする。

年齢だけは重ねてきて今年で50である。これからも恥をさらして生きていく
だろうが、せめて、恥を恥と認識できる人間でありたいと願う。
そして、できることならば、少しでもまっすぐな人生を送りたいと思う。

あなたに会えて良かった。
ありがとうございます。



 
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