Sapporo sustainable life

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コロナ禍に思う

コロナ禍である。

 

コロナウイルスに感染したくはないが、さりとて、人に全く会わない

ということは不可能であるから、用心しつつ生活するしかない。

 

経済と感染防止のバランスという言葉が聞かれるが、それを本気でやるため

には、とにかく検査をしまくって、陽性の人を隔離して、陰性の人達だけで

経済を回すしかない。こんなことはちょっと考えれば誰でもわかることである。

 

その際、陽性の人や、飲食や観光業に携わる方々には休業していただいてその代わりに

休業補償をすれば良い。要するに、国がお金を渡せばいいのである。お金は赤字国債。

それを日銀が買うことで賄う。財政赤字の問題は、短期的な視点で語るべきではない。

長期的な視点で見れば、早くコロナが収束することで結果的に財政負担は減るはずだ。

 

中途半端なことをやっていると、結局、感染者が増えて経済が減速し財政負担が増える。

 

主要国の中央銀行の赤字国債保有率は日本が5割、ECBが3割、FRBが2割と言う。

つまり、日本が飛びぬけて突出しているわけではない。しかも、このウイルスの影響は

世界でほぼ同時に進行している。つまり、主要国のすべての財政負担が増えているという

かつてない状況なのだ。例えば日本だけがウイルスに感染して財政が悪化すれば、日本の

通貨の信用が下落してインフレになる。しかし、今はすべての国の財政が痛んでおり相対的

には同じなのである。だから、インフレにはならない。

 

だから、お金をじゃんじゃん刷って、国債買って、直接給付をすればいいということになる。

 

「そうはいっても財政赤字はいつかは返さないといけないではないか」

「その返済は国民の税負担となって跳ね返るではないか」

という反論があろう。

 

そこでだ。一つの仮説を考えてみよう。

各国の中央銀行が持っている国債をいっせいのせいで放棄する、という案である。

 

国債は国の借金なのだから国は利息を払わなければならない。国は債務者である。

他方、日銀は国に金を貸している債権者。早い話が、金融機関と企業の関係である。

金融機関はときに借金を棒引きにすることがある。(少し前には自分たちも国からの

借金を棒引きされてたっけ。)

借金をチャラにする、というのは旧約聖書の時代からあると何かの本で読んだことがある。

つまり、借金というのはそれほど深く考えることはないのである。だって、しょせん、

金だから。紙幣、つまり、信用という名のついた紙きれなのだ。要はフィクション。

大事なことは、フィクションをうまく使って、現実の世界を崩壊させないこと。

本当に大事なものは、生身の人間の活動なのだ。学び、働いて、ご飯を食べて、飲んで、

暮らすことだ。そのために金が道具として存在しているのだ。

 

で、話をもとに戻そう。

中央銀行が借金をチャラにしたらどうなるか?日銀のバランスシートが毀損される。

で、何か?たぶん、問題はそこだけではないか。違うかな?

日銀の国債がチャラになれば、赤字国債の半分が消える。いいことだらけでは??

 

お金はフィクションと言ったが、国家もしかりである。

国家というものはただのフィクションである。あるのは人間だけ。人間が社会をなるべく

自分たちに具合の良いものにするために作り出した装置のようなもの。なので、こういう

有事のときこそ、国家が生身の人間を救うべく作動すべきである。

 

極論かもしれないが、日本がハイパーインフレになったとしても、実体経済がしっかりして

いればなんとかなる。日本が良いサービスを行い、良い製品をつくっていればいずれ世界が

買いにくる。当たり前だ。

 

もう一度言う。金はしょせん金。それ自体に価値はない。

 

日本の実体経済の強さは中小企業にある。99.7%を占める中小企業は、68.8%の

雇用を生み出し、150兆円の付加価値を生み出している。大企業の付加価値は125兆円

なので中小企業の方が大きい。日本の生産性が低いのは中小企業が多すぎるからだ、という

論者もいる。生産性の低い中小企業が元凶というわけだ。この論者は中小企業の特性をまったく

理解していない。小さいことによるメリットを認識していない。

 

中小企業は例えて言えば「イワシの群れ」である。他方、大企業はクジラ。

クジラは急所への一撃で死ぬが、イワシの大群は一撃などスルーして平気である。

また、多様性のある中小企業の存在は、人材の流動性も高く、雇用の受け皿としての機能を持って

いる。大企業のサラリーマンほ組織にしがみつく。

 

もうひとつ、中小企業は多様な働き手の居場所を提供している。

一人ひとりが粒だっている。一言でいえば「人間らしい」職場である。

それは現場を見ているのでよくわかる。

生産性で測れるものなどたかが知れている、ということだ。

 

もちろん、中小企業側にも改善するポイントがある。

それは、価格だ。価格が低すぎる。本来ならもっと高くしても売れるものを安く売っている。

なぜか?それは、コスト積上げ方式で価格を決めるから。

顧客がいくらで買うか?という視点が希薄なのである。少なくとも、B to Cの製造業であれば

価格を上げるべきである。

 

結論

生産性が低い、というたった一つの指標で中小企業不要論を言うのはあまりに稚拙である。

 

さて、コロナ禍で家に早く帰ってくるとこのような駄文を書きたくなる。

いいのか悪いのか。。。

ところで拙著が重版となりました!奇跡的に一部の方々に支持されております。

ありがたいことです。

できれば続編も書きたいと思っている今日この頃です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- | 19:43 | comments(0) | -
謹賀新年2020

明けましておめでとうございます。

Spotifyでグロリア・エステファンを聴きながら書いています。

 

今年の年末年始は特に何をするでもなくのんびり過ごしておりました。

そういえば久しぶりに初詣に行きました。

山部神社。マイナス8度の元旦の晴れた空と白い雪が気持ちよかった。

雪のない暖かい本州の正月もいいけれど、きりっとした寒さの白い冬

はいいなあと思う。北海道に住む所以である。

 

昨年は恩師の主宰する「古典に親しむ会」で、サルトルを担当しました。

「存在と無」。サルトルの意志がひしひしと伝わってきて面白かったなあ。

ハイデガーの「存在と時間」もそうだけど、筆者の意志が伝わる書物は読んで

いて楽しい。

一方で、レヴィ・ストロースの「野生の思考」やフーコーの「監獄の誕生」、

「言葉と物」も読んだが、あまり面白くなかった。いわゆる構造主義。

構造を緻密に分析はするのだけれど、本人の意志が感じられないのだ。

「だからなに?」って感じ。分析することに意味はないとは言わないが、

「一体お前さんは何が言いたいの?」と突っ込みたくなる。生身の人間の

息遣いというか気持ちが表現されていないことに、一種の「担保」を感じて

しまう。真向勝負していないというか。真向勝負していない人物からは本当

の感動は生まれない。その意味で批判にさらされまくったサルトルやハイデガー

それからきわめつきのニーチェなんかに親しみが湧くのである。

 

さて、今年は東京オリンピックイヤーである。

わたくし、先の東京オリンピック生まれ(1964年)なので、東京オリンピック

にはやはりそれなりの思い入れがありまして、ぜひ、この目で見たいと思って

いました。ところが、なかなかチケットがあたらない。一回目はかるーく全滅。

二回目は超マイナーと思われる女子水球(関係者の方すいません)に申し込むも

全滅。いいかげん頭にきていたら、なんと、マラソンと競歩が札幌に来るという

ではありませんか!狂喜乱舞とはこのことです。しかも、マラソンはチケットは

いらないのですからなおさらです。もう、見ることは確実に可能です。しかーも、

マラソンコースはわが母校の北大構内をなんと3回も通るのです!!もう、

徹夜してでも場所取りするけんね、わしゃ。

いやあ、東京都のみなさんそして選手の皆さんには大変申し訳ないのですが、

バッハさんの決断にはいたく感謝申し上げる次第です。ダンケシェーン!

 

年末に来年一年間のカレンダーとにらめっこしつつ、仕事の予定を入れていたら

ほぼ毎月土日以外は埋まっているという恐ろしい事実に気が付きました。

自営業なので仕事のありがたさは身に染みており、新規の仕事はなかなか断れず

気が付いたらこの結果ということなのですが、さすがにびっくりです。

しかし、来年からは新たな試みを本格化していきます。

 

新たな試みとは、「管理会計コンサル」を世の中に広めていくという事業です。

もちろん中小企業に対して管理会計を導入していくというコンサルです。

ターゲットは税理士・会計士、中小企業診断士、一般企業経理経験者がメインです。

昨年、本を出版したことから、思いのほか評価いただきまして、いろいろなところで

セミナーを行うことができるようになりました。昨年は仙台に行きました。

今年は富山と徳島に行く予定です。また、「管理会計コンサル養成塾」も札幌で

昨年11月より開講済みです。今後、随時、道外でも展開していきます。

 

言うまでもなく、日本の企業の99.7%を占める中小企業が元気にならなければ

日本経済も良くなりません。その中小企業の約90%の社長の隣にいるのが税理士です。

税理士が管理会計を導入できるようになれば、少なからず、日本経済に良い結果を

もたらすことができるのではないかと思うわけです。

 

現在55歳ですが、あと、10年くらいをかけてこの新たな試みを実現していきたい

と考えています。そのためには、一にも体力、二にも体力です。昨年一月から毎週ジム

で走っています。毎週通うようになると徐々に距離も伸びてきていまは30分走って

5キロをルーチンにしています。体重も5キロ落としました。

 

不思議なもので、忙しくなればなるほど体調管理に気をつけるようになりました。

休肝日も二日はつくっています。その分、外では結構飲んでますが(苦笑)

自分の代わりはいないので、自分でメンテするしかないといういたってシンプルな

はなしです。やりたいことが山ほどあるので、倒れられないというか。

 

自分で言うのもなんですが、新しい事業を切り開いてきたという実感はあります。

もはや、従来の税理士業のみを行うという選択肢は微塵もありません。

ゆえに、税理士のみの顧客を増やすことも原則としてありません。従来の税理士の

ビジネスモデルは今後通用しなくなると思います。それはAI登場云々の次元のハナシ

ではなく、「顧客から価値を認められない」という根本的な次元において。

 

しかし、世の中、急に変わらないのも事実。

ならばこそ、コツコツと実績を積み上げていくしかありません。

税理士業界全体がゆでガエルになる前に一石を投じていきたいと思います。

 

それにしても、世の中を見渡せば、あまりにもひどい状況です。

日本の政権を取り巻く状況はまさに末期症状。安倍とか菅とか麻生とかまともな

議論もできない政治家が長々とのざばっており、それらを忖度する官僚連中の

姑息な態度。少しはプライドを持って仕事しろよ!と思います。

少なくとも子供たちはお父さんたちの仕事ぶりを見てんだぜ。

 

そういや、どこかのかつてのお偉いさんは海外逃亡。ゴーン・ワズ・ゴーン。

もうしゃれにもなりません。

 

ところで、昨年はパリと台湾に行ってきました。

パリも素晴らしかった。しかし、台湾はもっと素晴らしかった。

個人的なヒストリーのある台中で素敵な出会いがありました。

こういう出会いもあるんだとしみじみ思います。異国の方との友情を

これからも大切にしていきたいと思います。謝謝!Mr.K

台湾はぜひ再訪したいと考えています。

 

ということで、今年もよろしくお願いします。

 

おまけ、二年後くらいを目途にもう一冊本を書きます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- | 15:02 | comments(0) | -
著者(半分)のコメント

このたび、東京図書出版より

「中小企業のための管理会計 理論と実践」

を出版致しました。北大の篠田准教授との共著です。

 

この本は、中小企業のために書かれた本です。

管理会計の書籍は数多くありますが、その多くは、管理会計そのもの

の解説が主な内容となっています。一部には、管理会計導入を目的とした

書籍もありますが、中小企業向けに特化した管理会計導入本はほとんど

世の中に存在しません。

 

なので、中小企業向けに管理会計を導入するための本を書いたというわけです。

管理会計本のなかではニッチな分野ですが、中小企業は日本の企業のほとんどを

占めるわけですので、市場は巨大です。このような巨大な市場向けに管理会計導入

の本が出版されなかったというのは大いなる謎です。

 

しかし、本当のことを言えば、謎ではありません。そのわけは本書に書いたとおり

です。この現状は打破しないといけない、という思いで書き上げました。

 

この本は、いろんな架け橋となっています。

ヾ浜会計と中小企業の架け橋

大企業経営と中小企業経営の架け橋

4浜会計と経営学の架け橋

ぜ卍垢噺従譽好織奪佞硫佑蔚

ダ罵士とコンサルの架け橋

Υ浜会計と世の中との架け橋

С慳笋伴駄海硫佑蔚

です。

 

私の経歴は大手製造業の経理マンを18年やり、その後、税理士となって約10年

現場で中小企業に管理会計を導入するコンサルをやってきました。

その結果、

ヾ浜会計という仕組みは中小企業にとってとても有用である

という確信を得ました。また、試行錯誤の上に、中小企業に管理会計を導入する

ノウハウも蓄積してきました。大手企業の管理会計ノウハウをそのまま中小企業

に移植しようとしても無理なことも思い知りました。故に、大手企業経理マンが

そのまま中小企業のコンサルができるかといえばノーです。しかし、この本を

読めば、その突破口が見えるはずです。中小企業に管理会計を導入できる人材は

極めて少ないという現状があります。

 

管理会計コンサルになる候補としては

‖膽蟯覿函弊渋ざ箸望ましい)経理経験者

∪罵士・公認会計士

C羮企業診断士

です。

 

上から目線で恐縮ですが、上記3者の方々にはぜひ管理会計コンサルとなって

世の中小企業に管理会計を導入していただき、会社を元気にして欲しいと

切に願っております。

 

わたしは、これから、北海道で若手の税理士を集めて管理会計コンサルの養成講座

を開いていく予定です。この業界、わたしでさえ(54歳)若手と呼ばれてしまう

おぞましい業界ですが、本当の若手を集めてやっていきます。本当の若手とは

気持ちが若い、ということです。年齢を重ねていても新しいことに挑戦しようと

思う人は若く、逆に、年齢が若くとも現状維持の人は老いている、と思うわけです。

 

ところで、わたしは、この養成講座的なものを組織化するつもりは全くありません。

組織化するとロクなことが起きないからです。

養成講座的なものを受けた方は、それぞれ、個人で自分の居場所で頑張っていただければ

いいのです。

 

もちろん、この本は、中小企業経営者やその経理担当者にも読んでいただきたい内容

です。また、ひろく、個人事業主の方々にも同様です。文章はできる限りわかりやすく

したつもりです。実際、読んだ方からは「わかりやすい」というお言葉をいただいて

おります。また、会計の本にもかかわらず、数字は最小限しか出てきません。しかも

コンパクトに要点を書いていますのですぐに読めます。

 

そのうえ、実際に管理会計を導入した企業のコラムがついています。

理論ー実践ー経験談というみつどもえです。

これで1,800円(税別)は破格??

 

ということで、拙著、よろしくお願いします!

200冊は売りたいので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

謹賀新年2019

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 

Spotifyでサンタナを聴きながら書いております。

今年の正月は家内の実家のある富良野でスキー&温泉でのんびり

過ごしていました。

スキーのリフトで隣に座った外国人のおじさんに話しかけたところ

オーストラリアから来たそうで、ニセコより安いので富良野が好きという

お返事。泊まるところは十分あるの?と問うと「十分ある」ということ。

ついでどこに泊まっているの?と聞いたところ

「プリンスホテル、あそこのバーはいいよ」

「いいバーだよね。ところで日本のウイスキーは好きかい?」

「まだ飲んだことがないんだ、おすすめのブランドは何?」

「ニッカだよ。」

最後は日本語でありがとうと言ってリフトを降りていった。

プリンスホテルに泊まっているのだから、やはりある程度の収入があるって

ことだな。そうなるとニセコってのはかなり高い相場になっているのだろうか。

富良野でもスキー客の半分くらいがインバウンドだった。その数は年々増えている。

 

さて、昨年もいろんなところに行きました。

一番良かったのが道後温泉。

わたしは同じ四国出身だけど愛媛は初めてで道後温泉も初。

道後温泉のよいところは地元民と一体化しているところ。もちろん観光客も

多数いるのだけど、普通の銭湯感覚でジモピーが入りにくる。

東の方の湯につかっていると、地元のじいさんが入ってきて、見ていると

ゆらゆらと畳いわしのような胸板を漂わしながら湯船の中を移動。

湯口の真下に畳いわしがたどりつくと、畳いわしが浮上してきて、湯口から

落ちる湯を受け止めている。

呆然と眺めているわたしには一切目もくれず恍惚の表情。

後から知ったのだが、湯に直にふれると体に良いのだとか。

知らなかった。爺さん、長生きしてくれ。

 

さて、今年で平成が終わる。

平成とはどういう時代だったのか?

一言でいえば「一億総中流層が跡形もなく消え去った時代」であろう。

小泉首相と竹中平蔵が規制緩和の名のもとに労働市場をぶち壊した

結果分厚い中流層が削りとられ、あっという間に二極化してしまった。

いわゆる新自由主義というやつだ。結果、昭和時代を知る者からしたら

耳を疑うような「貧困層」が出現した。なんということだ。

たかだか10年の間に総中流層から貧困層だって。

この小泉ー竹中ラインは、日本経済を実験台にして大失敗をやらかした

うえに、その失敗の原因を自分ではなく、環境の変化に対応できなかった

プレイヤーのせいにして平然としている。

 

新自由主義は小さな政府で市場をできるだけ自由化(規制緩和)することで

競争力を増やそうという考えだが、結果、強いものだけ強くなって中流層は

弱者に転落してしまった。そのうえ、弱者に転落したのは自分のせいだと

言われ(いわゆる自己責任論)てしまう。ここは声を大にして言おう。

弱者に転落したのは、自分のせいではなく、間違いなく政策を推し進めてきた

政権の責任であると。日本の強みは分厚い中流層にあったのに、それを木っ端

微塵にしてしまった罪は大きい。

 

ところで、新自由主義の波に飲み込まれたものは会社だけではない。

国立大学もしかりである。朝日新聞に国大協の山極会長と財務省の主計次長

の論争が記事になっていたが、驚いた。

いかにも頭が切れそうな主計次官が言うには「教育界だけが特別ではない。

国の財政を立て直すためには大学もそれ相応の努力を払うべきだ」と。

その努力の中身は何かというと、ようするに、いままで制約なくつかえたお金を

競争的資金といって、競争に勝った人に多く配分しましょうというお金に変える

ということです。

それに対して山極会長は、「大学運営に最低限必要な固定費を競争資金に移すことは

過度な競争至上主義を招く。結果として研究者は短期的に成果が上がる研究に注力

せざるを得ず、長期的な視野での基礎研究ができなくなる。」というような趣旨の

反論をしている。

私は全面的に山極さんを支持します。

 

国の根幹は人でありすなわち教育です。それをないがしろにすることは国が亡ぶ

ことを意味する。大学という場は教育と研究の場。教育と研究は密接に結びついている。

大学の先生がやっている研究は学生にとっては憧れであり、尊敬の対象でもある。

一生を賭け研究に打ち込む姿に打たれるのである。それは真理の探究という学問の

普遍的な価値を求めるからであり、決して、研究費の獲得や己のポスト欲しさでは

ないのである。それを学生は鋭く見抜いているからこそ尊敬するのである。

研究費や己のポストの確保に汲々とする恩師を見てだれが尊敬などするものか。

 

二人の論争を見ていて思うことは、ルールを決める側の配慮のなさである。

財務省の役人はルールを決める権限をもっている。しかし、現場のことは知らない。

現場をしらない役人が結果責任を負うことはできない。一方、山極会長は現場の

ことを熟知している。そのため結果責任を負う覚悟がある。

したがって、この二人の論争はどこまで行っても平行線である。

 

本来、その仲裁をするのが政治の役割であるはずなのだが、今の政治状況は

まったくその逆であると言わざるを得ない。政治が官僚をたきつけて「もっと

やれ」と言っているのである。

 

こうしてみると、平成と言う時代は「トップダウン」の時代であるといえまいか。

面倒な合意形成は抜きにして自分の思うところを強引に推し進める。

現政権などはまともに質問にこたえようともしない。改ざんもなんでもあり。

しかし、一番重要なことは、面倒な合意形成を根気強く続けていくことである。

そのような面倒な合意形成の場とは、ものごとがすぐには決まらない、あるいは

物事が妥協の産物となって変質してくる場である。でも、それが現実という場で

あり、ある意味健全な社会であると思う。

 

だいたい、自分の人生も思ったとおりに行かないのに社会全体が思い通りに

なるなんて思うほうがどうかしている。

 

経営もしかり。トップの経営理念のもと、社員が試行錯誤しながらくねくねと

でも前進していく。経営を支えているのは社員一人一人。いろんなことがあっても

粘り強くあきらめずにやっていれば仕事の楽しさに出会う。仕事の成果は顧客の

「ありがとう」という言葉に集約される。

 

さて、今年は延び延びになっていた管理会計の本が出版されます。

おそらく春ごろには。一つの成果物として世に問いたいと思います。

とはいえ、超地味な内容ですので200冊くらい売れればいいかなと。

とりあえずは謙虚に語っておきたいと思います。

 

では、本年もよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尾道

昨年は忙しかったと書きましたが。。。

実はいろいろな場所に行ってたことを思い出しました。

 

てことで、新年立て続けの投稿です。

どうも新年の投稿は久しぶりに書くので肩肘はってしまうところが

あり、ちょっと趣向を変えまして・・・

BGMはエレカシの「風に吹かれて」。ええ曲やなあ〜

 

昨年行った場所で最も印象に残っている場所は尾道です。

空襲のなかった尾道は大昔から自然に古びており、とても良い雰囲気

なのです。山を登ればそこかしこに古寺があり、山を登って下を見れば

尾道水道が一望でき、とても気持ちがいい。

志賀直哉が一時期住んでいたという屋敷に行ってみたのですが、たぶん

彼が眺めた風景とあまり変わらない雰囲気があるような気がします。

 

街中にはアーケードの商店街がありまして、どこの店も現役ばりばりで

営業しております。僕が行ったときはちょうど夏祭りの最中で夜の10時

だというのにアーケードの中は大群が行進しておりました。

夜の水道はこれまた趣がありまして、夜風にあたりながら、カップルが

話し込んでいます。

 

尾道ロイヤルホテルのフロントに教えてもらった料理屋で地元の鯛を

食べましたが、美味。酒を断っていたのでノンアルビールを飲んでいた

僕を憐れんでか、お勘定を頼んだとき「熱いお茶を入れるから、飲んで」

とおかみが言ってくれました。混んでいたのに、粋な心遣いができる人

でした。

 

尾道に来るために乗った高速バスの車窓から見たしまなみ街道の景色が

すばらしく、おもわず、尾道でレンタカーを借りて、海水浴に行きました。

ジャケットに革靴のまま。海の家で海パンを買って、ついでに日焼け止めも

買って、海にザブン。予想に反して海の水が冷たい。。。勇気を出して

ちょっと先に浮かんでいる休憩用のブイに乗って、地元の女子高校生に

混じってぷかぷか。そのうち、地元の男子高校生が乗ってきて、ブイが揺れて

ゆらゆら。

 

海水浴のおかげで酒も飲んでいないのにその晩はぐっすり。朝早く起きた

僕は、山登り。ロープウエイは早すぎて運転前。受付のおねえさんがなかなかの

美人で必要もないのにいろいろしゃべりかけて大迷惑。

帰りにふとたちよった浄土寺。鎌倉時代のお寺。ざ・真言宗。

ちょうど集会?があったようで、お経の大合唱が蝉の声とシンクロして夏の

昼下がりに俺は生きているのか?と軽く疑いながらも、売店で買ったサイダー

を飲みつつ、ベンチに座って大往生。

真言宗のお経は子供のころから聴いているので落ち着く。宗教ってこういう

もんなんだよな。要はサウンドだ。気持ちのいいサウンド。

 

帰りはループしている市営バスに乗ってロイヤルホテル前で下車。

 

新しいビルやすかした店もなく、まあ、ちょっと山腹にあるいかにもなカフェは

しらけましたが、普通に暮らしている人が絵になる街でした。

日立造船が移転して人口は減ったそうですが、その跡地さえ、風景として取り込んで

尾道と一体化しています。昔ながらの町は、新しいものを吸収していく余裕があるの

でしょうか。結構な観光地なのだけど、なぜか、観光地化していない。

 

時間を超えているのか、永遠の時間を刻んでいるのか、おそらくこれから先も

ずっと変わらない場所なんだろうなと思う。

 

そういや、転校生の舞台となった階段にも行ってきました。階段は何の変哲もない

階段でありああここかって感じ。尾道の全体感の中ではほんのかけら的印象。

 

気持ちのいいまち、尾道。また、行ってみたいなあ・・・今度はバイクで。